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意識低い系の読書メモ

文学・会計学が中心

「虚構」に振り回される人々

昨年大ヒットしたユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史」によると、貨幣こそ人類が生み出した最大の「虚構」です。人類は貨幣という想像上の秩序を信じることで、他の動物にはない広範なコミュニティを成立させてきました。とすると、そんな貨幣制度に不安定に乗っかっている「利益」という会計上の概念は、虚構の中の虚構と言えるのかもしれません。
最近の東芝関連のニュースを読んでいると、そんな虚構の持つ恐ろしい威力を感じずにはいられません。

1.「減損損失」に対する世間のイメージ

減損損失数千億円というと、数千億円を支払わなければならないような誤解を招きがちです。しかも東芝の場合、減損損失の結果、債務超過に陥ると言われているのでなおさらです。粉飾決算の発覚から始まった窮地を、稼ぎ頭たる半導体事業を切り売りして凌ごうとする東芝に、「使い込みがバレたので家宝のダイヤモンドを質に入れる」ようなイメージを持つ人が多いのでしょう。

しかし、減損損失とは「すでに投資した資産の価値を将来の回収可能性に照らし合わせて減額する」損失です。専門用語でいうとわかりにくいのですが、要するにすでに買ったものに「もう買っただけの価値はないよ」と言っているのです。

2.投資の本質と減損損失の意味

企業は慈善事業ではないので、何かを買う時には(少なくとも長期的には)必ず見返りを求めます。見返りを求めて何か(企業ならお金)を費やすのが投資です。上で「資産」といいましたが、別に形のあるものに限りません。いずれにせよ、企業が何かの機械を買ったり、他の企業を買ったり、労働力を買ったり(=人を雇ったり)するのは、すべてそれ以上の「使用価値」があると見込んでいるからです。

ただし、見込みが外れることはもちろんあります。そして買ったものに買ったほどの使用価値がないとわかった場合、その時点で損失が発生します。これが減損損失です。したがって減損損失は、「支払わなければならない債務の発生」ではなく、「すでに支払った使用価値の消滅」です。

営利企業にとっての「使用価値」は最終的にはお金を稼ぐことにありますので、例えば5,000億円の減損損失は「長い目で見れば稼げると思って支払った5,000億円が、パーになりそうだ」という意味の損失です。もちろんあてにしていた5,000億円が入ってこなくなれば、長期的には給料の支払いや借金の返済が苦しくなるでしょう。しかし、突如5,000億円を請求され、来月払えなければ倒産というわけではありません。

3.「虚構」に振り回される「嘘つき」

したがって求められるのは、お金(よく「キャッシュ」といいます)を稼いでいける体制の再構築でしょう。しかし、将来のキャッシュが見込めなくなったと原発事業を減損したのに、将来のキャッシュが見込める半導体事業を売却しようとしている。これはまったくの本末転倒ではないかと思うのです。

もちろん、減損を放置すれば巨大赤字となり債務超過となり、上場廃止要件が目の前に迫ります。また、粉飾に対する社会的な批判を考慮したこともあるでしょう。そう考えればこうした場当たり的な対応もやむを得ないのかもしれません。

とくに東芝という会社に対して、個人的な思い入れがあるわけでもありません。ただ、利益という「虚構」を粉飾決算で「嘘」にした東芝が、減損というやはり虚構の操作で解体に至る過程、人類が作り出した想像上の秩序が人類自らを振り回すそのありように、不思議と心を惹かれずにはいられないのです。