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意識低い系の読書メモ

文学・会計学が中心

仕事嫌いだけど「ストレングスファインダー」をやってみた

1.ストレングスファインダーで人生逆転!・・・か?

ストレングスファインダーについて調べると、ほぼ間違いなくこれを絶賛した記事ばかり出てくる。誰が得するのか、ストレングスファインダーのテストの受け方を懇切丁寧に説明する記事すらある。しかも大抵リクナビの「グッドポイント診断」も一緒にお勧めされている。

どんな無垢な主義主張も心無い匿名者によってボロクソにけなされるこんな世の中で、奇跡のような高評価の嵐だ。

「自分の才能に目覚める」・・・確かに魅惑的な響きだ。30手前にしていまだ「きょうも会社に行きたくないよプー」なんて言っているぼくは、藁にもすがる気持ちでストレングスファインダーにすがりついた。

2.やってみた

質問文は英語の直訳調で、読むのにちょっと苦労する。しかも1問20秒と短い。なので考えたり悩む時間はない。実際3問くらい時間切れになった。

ただし、その分ピンと来たほうを選びやすい。質問者の意図みたいなものを考える余裕がないので、無意識で直感的に答えている感覚になる。

話がそれるが、各所でオススメされている「グッドポイント診断」は、この点で好きになれない。「一人でやるのが好き or みんなでやるのが好き」みたいな質問は、瞬時にイメージできすぎて、「好きなことは一人でやりたいけど、嫌な仕事はみんなでやってうまく押し付けたいなあ」とか、邪念が入ってしまうと選べなくなる。ありのままの醜い自分と純粋潔白な理想の自分がせめぎ合って、解答不能になってしまう。結果もストレングスファインダーとはかなり異なるものとなったが、ストレングスファインダーのほうがだいぶ自己認識に近いと感じた。

30分くらいのストレングスファインダー怒涛の質問に答え終わると、すぐに自分の強みが通知される。全部で34個の強みから、回答者のトップ5を判定してくれる。

3.ストレングスファインダーは当たる!悲しいくらいに当たる!

ぼくの強みNo1は「内省」らしい。く、暗い・・・。

「・・・あなたは独りの時間を楽しむ類の人です。なぜなら、独りでいる時間は、黙想し内省するための時間だからです。あなたは内省的です・・・」

ですよねー。当たってる。新婚なのに妻と寝室を別にされたり、よく新興宗教に勧誘されるのは、こういう部分を見抜かれているのかもしれない。

ところで、この本は数ある外国産の啓発書の例に漏れず、とにかく具体例が豊富である。様々な「才能」に恵まれた有名無名の成功者たちが登場する。

「<内省>を強みとする人たちの声」には、「一見外交的に見えるし、実際人が好きけど、一人で考える時間こそ大事よね」というキャリアウーマンが出てくる。気持ちはわかるが、彼女が成功しているのは「一見外交的に見えるし、実際人が好き」という部分が大きいのではとがっかりする。一方、360度どこから見ても内向的なぼくがシンパシーを感じたのは、「みんな孤独に耐えられないけど、俺は独房のほうが落ち着く」という元政治犯の声。この本唯一の前科者である・・・。

他に恵まれた才能は、「学習欲」「収集心」。各々丁寧な解説はいただけるが、まあ文字通りの意味である。完全にネクラのオタクまっしぐらじゃないか・・・。「社交性」や「コミュニケーション」、「活発性」や「ポジティブ」のような、現代日本で求められそうな才能がないことくらいは自覚しているが、「親密性」とか「共感性」とか、人間味や優しさ溢れる素質もないとは・・・。それに、学習して収集するばかりの知識偏重で、「着想」(=連想力)みたいなクリエイティブな面は恵まれていないのも残念である。

まあ、でも、残酷なほど、よく当たっている。

4.疑問点

褒めてばかり(?)でもつまらないので、疑問点を記しておこう。

まず最初の疑問は、成果を出すことが幸せとは限らないということである。この本では、才能を「常に高い成果を出し続けること」と定義しているが、成果を出せばその人は幸せかという疑問は決して挟まない。むしろ、与えられた才能を活かさないなんて無責任だとすら書かれている。「窓際こそ真の勝ち組」みたいな価値観は、彼らには想像もできないのだろうか。

もう一つの疑問は、「強みを伸ばせ」というこの本の主張に関してである。

この本では、才能は「能力」ではなく、無意識に働く「思考パターン」として捉えられている。思考パターンは後天的には変更できないので、意識的に弱みを克服しようにも脳の構造的に限界があり、逆に強みはどこまでも強化していける、というわけだ。

確かに、才能にブレーキをかけないことは大事だ。しかし、才能は無意識の思考パターンなのであるから、自然としていれば才能は伸びていくのではないか。むしろ大事なのは、「伸びもしない才能は適当に折り合いをつけて諦めろ」ということ、ぼくの場合では、「コミュ障なのは治らないから受け入れろ」ということではないか。

たった5つの才能ではなく、29個の与えられなかった才能を、克服しようがないと自覚しながら見つめること。「内省的」であり「ポジティブ」でないぼくは、欠点にこそ人間の多様な個性を認めてしまう。トルストイの言葉で締めよう。

「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」