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意識低い系の読書メモ

文学・会計学が中心

(感想)「この世界の片隅に」

この世界の片隅に」を見た。
普段あまり映画は見ないけど、すばらしい映画だった。
普通の人が普通に淡々と暮らしていくことの厚み。彩り。力強さ。そして尊さ。
「生活」という言葉が思い浮かんだまま消えない。
 
生きている限り生活しなければならない。
戦争という悲惨な破壊に直面しても、死なない限り生活がある。
いつ爆弾が落ちてくるかわからないような毎日でもお腹はすく。
 
のんびり屋の「すず」。すずの生活は家事をすること、特にごはんを作ること。
限られた配給で、少しでも嫁ぎ先の家族を満足させるための試行錯誤。
でもすずの健気さは、戦争の悲劇性を増幅させるためのものではない。
ここでのテーマは逆に、戦争という異常事態の中でも、普通に生活する普通の人々の力強さだ。
 
この映画は小刻みに笑いどころがある。
軍国主義の風潮にあっても、人々は時に冗談を言って笑う。
それは不自然でもないし不謹慎でもない。
人が笑うのは、食べるのと同じ、生活のエネルギーなのである。
 
戦争で亡くなった人は多い。特攻も自決も原爆も、あってはならない出来事だ。
しかし、これだけの犠牲者を出した戦争でも、日本人の大部分は死ななかった。
そして生き残った人たちにはみな生活があった。
 
戦争時代の写真はほとんどが白黒で、悲惨な場面ばっかりで、
しかも戦争は日本史において大きな断絶として位置付けられている。
そのせいで、戦争はつい遠い昔の、気の狂った時代の出来事のように思えてしまう。
しかし、残った写真は白黒の悲惨な場面でも、人々の生活には色彩があり、喜怒哀楽があった。
そういうものをきちんとアニメが描くことで、すずたちの生活がぐっと身近になる。
 
この映画には泣きどころというものはない。ドラマチックな場面もない。
でも生活ってそんなものだ。だからこそ尊いのだと思う。
「生活」はどこかの政治家が、マクロなデータで分析するようなものではないのだ。
普通の人間がただ生きていくことに対する肯定。緩いタッチのアニメの底に流れる、力強いメッセージを感じた。