読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

意識低い系の読書メモ

文学・会計学が中心

(感想)「カフカ短編集」池内訳

猫町倶楽部という読書会に参加するようになって一年ほど。
猫町倶楽部は、あらかじめ指定された課題本を読んできて、感想を語り合う場所。
建設的な議論よりも、各々しゃべりたいことをしゃべる感じなので、ぼくのようなコミュ障でもやっていける。
カフカ短編集は去年の秋くらいの課題本。
 
とくに「橋」「判決」「掟の門」が人気だった記憶があるので、読み返して書いてみる。
カフカらしく、話という話もないのだが、あらすじはこんな感じか。
 
「橋」あらすじ
「私」という一人称で語る「橋」は、名前もない、誰も通りかかることもない、地図にも記されていない橋である。
自分自身が何者であるかがわからないで、いつもぼんやりとしている。
そこに旅人がやってきた。旅人は「私」を渡り始める。
「私」を渡るのは何者だろうか?その存在を見極めようとしたその瞬間、
「なんと、橋が寝返りを打つ!」(ここだけ、主語が「私」から「橋」に転倒している)
ひっくり返った「私」は当然バラバラになり、谷へと落下する。
 
「判決」あらすじ
主人公ゲオルグは、商売は順調で結婚も間近。
母はすでに亡くなっており、一緒に商売をしている父も最近は衰えてきた。
数年前にロシアに行った友人とずっと手紙をやり取りしているが、ロシアでくすぶっている友人に気を遣って、自分の近況を明かせないでいる。
そんな中ゲオルグは、ついに友人に婚約の件を伝えようと心に決める。
しかし、このことを父に伝えると、衰えつつあるはずの父が急にベットから勢いよく飛び起き、
実は父は友人と通じていたことをゲオルグに明らかにし、
「自分のほかにも世界があることを思い知ったか・・・(中略)・・・わしは今、おまえに死を命じる、溺れ死ね!」
と「判決」を下す。
オルグは判決通り、川に身を投げる。
 
「掟の門」あらすじ
男が田舎から掟の門にやってくる。
門番が立っていて、今はだめだと中に入れてくれない。
無理にでも入ろうと思えば入れなくもないが、門番によると、この先にもより強い門番が次々と待ち構えているという。
男は門のそばでずっと待っている。ずっと門番と二人きり。門番と仲良くなったり贈り物をしたりもするが、やはり中には入れず待っている。
そのまま永い歳月がすぎ、やがて男のいのちは尽きる。
 
書いたはいいけど意味がわからない。笑
かといって何かの喩えって感じもしない。
ただ、(この3つの話に限らず)全体的に何となく共通するものがあって、
 
・自分が何者であるかが暴かれること。「無意識」の領域にアクセスすること。
・そしてそれは取り返しのつかないことであり、時には死に至るほどのインパクトがあること。
 
こんなイメージが印象に残った。
 
3つの話は、どれも閉鎖的な世界、不明確な自己認識がベースにある。
「橋」たる「私」は名前も通行人もなく、自分自身の存在がぼんやりしているし、
「判決」のゲオルグは友人に結婚の件を明かせないでいるし、
「掟の門」の男は門の中に入れないまま、門番と二人で永い歳月を過ごしている。
 
しかし、「橋」たる「私」は旅人という外部存在を認識しようとした結果、橋が寝返りを打ち、崩壊する。
また、ゲオルグは友人に婚約の件を明かそうとした結果、父から死刑判決を下される。
どちらも外部に向かって自分を明らかにする行為だが、その結末はなんと「死」。
 
一方で「掟の門」の男は、門をくぐることなく死んでいく、いわば「自分自身が暴かれない」存在。
読書会で、彼は門をくぐる勇気がなくてかわいそうだったね、という話がけっこう出たが、しかし
この門をくぐることは、「橋」が寝返りを打つことであり、ゲオルグが結婚の件を友人に明かすことのような気がする。
とすれば、「掟の門」の主人公は、門番の言葉に従うことで自らの破滅を避けた、と言えるかもしれない。
それでいて最後まで門をくぐることを欲した(=自分自身を知ろうとした)この男は、その意味で「欲深いやつ」なのである。
 
「自己/外部」あるいは「意識/無意識」。
踏み越えれば最後な一線を、越えるべきか?踏みとどまるべきか?
カフカの中でも、この緊張感と劇的な転換は、短編集ならではのおもしろさだと思った。