意識低い系の読書メモ

文学・会計学が中心

(感想)「明日、機械がヒトになる」猫海沢めろん

機械って、要するに人間の道具だった。
人間は道具を作る生き物であるのは、歴史の教科書が教えるところだ。
人間の進化は、つまるところの道具の進化だと思う。
人間(集団)が新たな道具を作る。その道具を使う人間(集団)が、さらに発展した新たな道具を作る。その繰り返し。
人間の発展と道具(=機械)の発展は一体のものだった。
 
ところがいま、「機械」は人間から離れて、自律的に発展するという可能性を見せはじめた。
例えばAI(人工知能)。
AIは目的さえ与えられれば、ディープラーニングにより物事の仕組みを自ら勝手に理解し、
やがてその目的を達成する。
 
「これまでのAIは、世界の仕組みやルールや戦略を、人間が教えるというカタチになっていたんです。たとえば、ボールっていうものがあって、そのボールの位置は今ここにありますと。で、その位置の場合には、加速度はこっちに来ているので、こういう計算式で次はこっちに動け・・・(中略)・・・ところが、ディープラーニングを使ったAIは、人間と同じように、その場の状況を目で見て、自分で判断するようにプログラムされている。与える情報は、見ている情報 だけなんですよ。そのなかから、このボールが大事っぽいぞ、とか、この棒(パドル)が動くぞ、ということを自動的に学習してくれる。」
 
機械が人間のように学習し、人間のように発達する。
将棋に勝つという目的を与えられたAIは、いまではプロの棋士を打ち負かすほど、その達成水準は高い。
 
また、ハード面では3Dプリンター
いままでのものづくりは、人間が設計して、人の手や機械を使って、行われていた。
どれだけ工業化が進んでも、そこには常に人間の存在があった。
でも、3Dプリンターが自分のパーツや、さらに自分自身をつくるようになったらどうだろう。
 
「3Dプリンタで3Dプリンタをつくる場合、実は同じものはほとんどつくれないんです。むしろ、少しずつ改良が加えられていく。なんか進化の過程みたいに亜種や変種ができていくんです。」
 
AIや3Dプリンターが私たちにイメージさせるのは、機械が人を介さずに、生物さながら進化していく姿。
人間の手の元から離れて、人間のように発展する機械。
 
話が逸れるが、私は仕事で会計を扱っている。
作業は基本的にパソコンだし、計算自体はエクセルやシステムがやってくれる。
それでも「勘」みたいな領域がある。
なんとなくこれはおかしくね?と間違いに気づく時がある。
しかしAIは、その「勘」の領域さえも、ディープラーニングによって獲得していくのだろう。
実際、AIによってなくなりそうな仕事ランキングの2位は「会計士」だったりする。
もっといえば、「Maxでお金を稼ぐ」を目的として、投資意思決定も分配も再投資もAIにやらしたら?
ビジネス自体が人間の領域でなくなる日も、いつかはやってくるかもしれない。
 
そのうち、人間は機械に勝てなくなるのだろう。
しかし、機械には「目的」が必要だ。
そして、目的は人間が考えるしかしょうがない。
将棋でAIに勝てなくとも、「将棋で勝つ」ことに価値を見出したのは人間でしかない。
逆にいえば、目的が定まった瞬間、人間は機械に負ける。なら人間の目的ってなんだろう?
 
人間にとっての目的、
それは「問い」とか「生きる意味」と言ってもいい。
それはゴールや最適解のあるものじゃない。
人それぞれ違っていて、同じ人でも人生の過程において変わっていく、
いつまでたっても答えの出ないモノ。
そうやって、いつまでたっても答えの出ないモノに悩んだり、苦しんだり、
時々分かった気がしてテンションが上がるけどまたつまづいたり、
そうやってぐるぐる回ってふらふら彷徨って生きるのが人間、あるいは「人間らしさ」なのかもしれない。
 
アンドロイド研究の第一人者、石黒教授は対談ではマッドサイエンティスト的な雰囲気を醸し出していたが、
人間と機械の将来を考えたとき、結局最後に行き着くのは氏のこの言葉だと思った。
 
「人間が唯一生きている意味はね、自分が生きている意味を探すということ以外はなにもないと思うんです」